デルタの歴史History of Delta as Maruyama

デルタ代表:丸山の軌跡

デルタ代表:丸山の軌跡

「振り返れば、ちょっと凄い中学生でした。」

車のレストアが趣味だった父の影響を受け、15歳でどんな車も全てのパーツに分解し、再び組み立てる技術を身につけていました。そのタダのレストア好き少年が、偶然、町で見かけたミニ・クーパーを観て私の世界は一変しました。
当時の日本車ではまったくない、デザイン・性能に魅了されたのです。 
すぐに「本物のミニに乗り、そして分解したい!」という思いにかられ、朝・昼・夜と仕事とバイトでお金を貯め、来る日のために免許をとりました。 そして20歳になりやっと思いが成就されました。
手の届かない高嶺の花だったローバーミニクーパーSを手に入れたのです! 
しかし1年間に走ったのは2ヶ月だけ、オーバーヒート、オイル漏れと色々なトラブルが起きてしまいました。
当時、ミニは故障すると世間で言われていましたが、そこはミニを愛するものとして確たる証拠を、そして改善策はないものかと考え、購入したクーパーSを分解することを決意しました。
そしてその時、本当のミニの魅力である、「設計の素晴らしさ」に全身が身震いするほど衝撃を受けたことは今でも忘れられません。と同時に、整備次第で必ず故障することのないミニクーパーが作れることも実感しました。

デルタ設立・国内レース参戦へ

ローバーミニクーパーSを手に入れて、いっそうミニへの情熱が湧き出しました。
ミニの素晴らしさを誰よりも自分が伝えたい、ミニの世界に没頭したい、そんな思いで21歳のときにデルタを設立いたしました。今は懐かしい思い出となっていますが、街中を走るミニはほとんどない時代です、ミニだけを扱っているわけにはいかず、国産車のパーツ販売やチューニングもこなした時期もありました。
徐々にミニの日本での地位があがると、店も軌道にのりはじめ、現在では日本中のみなさまに愛されるデルタになれたことをうれしく思っています。

経営とは別に、ミニを扱うものとして「本当の走りを体に覚えさせるため」「お客さまのご希望されるチューンにお応えするには、より高いハードルを自らに課すべき」という信念で開業以来レース参戦を果たしています。
1978年から国内の鈴鹿サーキットで開催されるレースに参戦し、1987年に現在のレースでも使用している通称「ミドリガメ」の製作に1からとりかかりました。
レース参戦は使命だけではなく、自分自身やデルタの技術を非常に成長させるものとなりました。

通称:ミドリガメ

本場イギリスのレースに参戦

1994年の本場イギリスのシルバーストーン・サーキットでのミニ・インターナショナル・イベントでは、持てるノウハウを全て注ぎ込んだミニと共にイギリスへ乗り込みました。不思議なことに、快調なテスト走行であったにもかかわらず、明快な説明もないまま全50台の最後尾から10秒ペナルティスタートとなり、入賞さえ逃すという結果で終わりました。そのとき、偶然耳にしたイギリス人記者の「テスト走行でみんなの顔色が変わったんだ」という言葉が今でも印象に残ります。やりきれない思いがありましたが、国内レース参戦で培ってきた技術が本場で認められたことがはっきわかる瞬間でした。

デルタのレース参戦やミニへの新しい提案は、お客様へフィードバックできる技術を培うものだと確信しております。

「チームマルヤマ」とは

ミニの好きな方々との出会いや、交流が自分自身の生きがいで有ったと振り返って考えました。 皆さまとより良きミニとの人生を楽しく永く乗って頂ける様に、ミニの仲間になって頂く為、この『チームマルヤマ』を発足致しました。

これまでも、そしてこれからも・・・

技術改革が激しく流行に左右されやすい車の世界で、ミニは誕生から半世紀が経った今でも変わらない姿で私たちを魅了し続けてくれます。 40年間ミニを愛し、研究し続ける私からすれば必然の結果だと言えます。 なぜならそれは「設計が実に正しい」からです。
設計者、アレック・イシゴニスの次にミニを知る者を目指して、今日もミニと格闘し、お客様のミニライフをお手伝いさせていただいております。